(7)「舌」
金曜日の夕方、仕事の区切りがいいので早めに白浜の別荘へと向かった。会社から直行なのでアクアラインを通って行くことに。道路も順調で1時間余りで木更津市内を抜けた。

白浜は、夕陽を見るのが好きな私が、どうしても海に沈む夕陽を見たいと、関東周辺を探し回って手に入れたマンションだ。この時期、天気が良ければ正面に見える大島近海に沈む素晴らしい夕陽が見られる。

途中、コンビニで食料などを買って行くのだが、今回はもう一つ買いたいものがあった。
今日、スポンサーへ行くために乗った地下鉄の中吊りに「今年の芥川賞2作全文掲載」という文芸春秋の広告があったのだ。コンビニにあったら買おうと思っていたのである。

今年の芥川賞は、19歳の学生、綿矢りさの「蹴りたい背中」と、20歳の金原ひとみの「蛇にピアス」である。うら若き年齢にも驚くが、そのインパクトの強いタイトルにもひかれたのである。

幸い立ち寄ったコンビニに1冊だけあった。8時頃マンションに着いた。リゾートマンションなので、住人はほとんど週末だけ。私の部屋は8階、目の前に太平洋の大海原が果てしなく続く。黒々とした夜の海は、岩にぶつかる波の音と、かすかな月明かりに照らされる波を映し出している。簡単に掃除をして布団を敷いた。風呂は億劫になったのでそのまま寝てしまった。

夕べ早く寝たせいで朝5時に目が覚めてしまった。カーテンを開け、明けはじめた薄日に波が揺れる海を布団の中から眺めた。晴れていれば野島崎灯台付近から昇る朝日が見られるのだが、今日は曇りで見られそうもない。

7時頃布団から出て、昨日コンビニで買ってきたおにぎり、野菜サラダ、パン、ヨーグルトで朝食を済ませ、ウォーキングに出かけた。この辺りの海岸通りは公園として整備されており、ウォーキングにはもってこいである。今日は千倉方面へ向かった。お土産屋のおばちゃんたちが開店の準備をしている。ジョギングをしてる人、腕を組んで歩くカッブル、のんびり灯台の写生をしているいるおじさん、いつの間にか雲も取れ、快晴に近い天気になってきた。2月というのに暖かい日和。真っ青い海、潮騒が心地よい。

改めて気がついたが、きれいなトイレが意外と多いということ。これだったらオシッコの近い人、飲みすぎて下痢をしている人も安心である。

1時間ほどのウォーキングをして戻った。普段やっていないことをやったので少々股辺りが張っている。ウーロン茶を一気に飲み干し、早速、芥川賞の本に目をやった。どちらから読もうか迷ったが、本のページの前に載っていた「蛇にピアス」から読みはじめた。

昼過ぎまでに読み終った。主人公の女が舌にピアスをして、そのピアスの穴を徐々に大きくしていき、最終的には蛇のように二又に分かれている舌“スピリットタン”にするということから「蛇にビアス」のタイトルがついたのだと分かった。

しかし、ストーリーも私にとってはかなり刺激的でショッキングだったが、書いたのが20歳の女性ということの方がショックだった。

腹も減ったので近くの釜めし屋に出かけた。テレビでは、盛んに牛肉のBSE問題を取り上げていた。 

アメリカでもBSEに感染した牛が見つかり、日本政府もアメリカからの牛肉の輸入を全面的にストップしたのだ。牛丼の「吉野家」など、輸入に頼っていた外食チェーンのほとんどが牛丼をメニューから外す以外ないという。(私は記憶に間違いがなければ、10年ほど前、麻雀しながら吉野家の牛丼を1回だけ食べた。“脂身が多いなあ”というイメージがある)。

牛丼の外食チェーンだけでなく、仙台名物の「牛タン」も窮地に追い込まれているという。やはり、アメリカからの輸入に頼っているからだ。

釜めしを平らげてマンションへ向かった。潮騒を聞きながら水平線を行き交う大型船などをぼんやり眺めながら歩いた。
(そうか、牛肉、牛肉って騒ぐけど、牛タンもそうだよなあ)。さっきまで見ていたテレビの残像がまだ頭にあった。
(ん、牛タン?、「蛇にピアス」に出てくるのはスピリットタンか!)。そんなことが頭をよぎっているときに携帯のメールがが鳴った。知り合いのモデルからだった。
「夕べは仕事が深夜まで延びて家に帰ってキューバタンだった」とか。
(なになに、“キューバタン”???)。
(えぇ〜、牛タンはアメリカからだけでなく、キューバからも輸入してたのか)、今日はよくよく“タン”に縁がある日だなあ、と私は思った。
(でも彼女は、普段、社会情勢など興味などないはずなのに…)と思いつつ、もう一度メールを読み返した。

謎が解けるまで400mは歩いただろうか、“何〜んだ”だった。

彼女は疲れて家に着いたとたん「バタンキュー」だったのだ。彼女風に言えば「キューバタン」か。(普通はバタンキューって言うんじゃない?)。

私は(俺も単純だなあ)含み笑いをしながらマンションへ帰った。

もう一作の「蹴りたい背中」は、ベランダに出てロッキングチェアーに横になって読んだ。こちらは、まさに青春時代の1ページ、読んでいておじさんの私にはちょっと“コソバイ(くすぐったい)”感じのするストーリーだ。

最初に読んだ「蛇にピアス」が刺激的だったから一層そう感じたのかも知れない。これから読む人には、ぜひ、「蹴りたい…」「蛇に…」の順で読むことを薦めたい。(0402)。