(2)「嫌いなもの」
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人には、それぞれ嫌いなものがあると思うが、私にもあるのだ。あの巨人軍、長嶋監督も大嫌いというヘビただ。勿論、長嶋監督だけじゃなく、多くの人が嫌い度ナンバーワンにあげるヘビである。山形の山奥で育ったくせに私も全く駄目である。
あのニョロニョロとした動き、濡れているように鈍く光る、あの冷ややかな物体は、どう見ても人間と一緒のゾーンにいてはいけないものである。増してやペロペロとベロなんぞ出したらいかん。
ゴキブリや毛虫、カエルやネズミが嫌い、という人も大勢いるが、私は、こちらはどれも大丈夫、手で持つことだって平気である。
そもそも、ヘビは物心ついた頃から嫌いだったが、あれは、確か小学2年生のときである。家の裏にある大きな梨の木があった。その木に登ろうと、小枝に手を掛け、節穴に足を掛け、登りはじめた。2mほど登り、大き目の穴に手を入れた瞬間、何かが飛び出してきたのだ。
「ヘビ、ヘビだ」。
もんどり打って落ちた私の手の上をヘビがニョロニョロ逃げていった。気が狂ったように泣いていたと、近所の人に今でも言われる。山道では、絶対一番前は歩かなかったし、いつもキョロキョロしながら歩いていた。
上京し、すっかり都会人(?)になった現在でも、職業柄よくロケなどで山へ出かける。やっぱり先頭は歩かず、キョロキョロしながら歩いている。こんなナーバスになっているからよくヘビを見つけてしまうのである。湿地帯とか、石垣とか、もうヘビがいそうな場所が本能的に察知できるのだ。
同行のスタッフに「森さんといると、よくヘビに出会うね」と言われる。出会うのではない。“ヘビが出そう、ヘビが出そう”と、オロオロと歩く。普通の人なら何事もなく通り過ぎて行くところを、必死にヘビを探しながら歩いているようなものなのだ。
ところが、私の二人娘の次女ときたら爬虫類はそれほど嫌いじゃないらしい。
あれはシンガポールに行ったときのこと。観光客が人垣をつくって騒いでいる。中を覗いて見ると、な、なんと、わが娘が首に大蛇を巻き付け、ニコニコしているいるではないか。カメラに向かってピースサインまで出している。(トホホホ…)。 そういえば、次女は、小さい頃から昆虫やトカゲなどをポケットに入れたまま家に帰って来ていたなあ。
次女はこのように爬虫類や昆虫は意外と平気のようだが、長女ときたらこれがまるっきし駄目である。
私の田舎では、秋、畦道や田んぼで捕ったイナゴも佃煮のようにしてよく食べていた。口の中で噛む感触、ちょっと香ばしいような味がとても好きだった。
あるとき、群馬県に取材に行ったおり、店先でこのイナゴを見つけ、 「ん〜、懐かしい。今夜はこれで一杯やろう」と思い、買ってきて冷蔵庫に入れておいた。ところが、これを長女が見つけ、 「キャー、何これ!、ゴキブリが入ってる!!」。 悲鳴のような凄い声だ。(あ〜あ、見つかっちゃった)、と思いきや、 「パパ、何でこんなの食べるの、捨てて、捨てて」と泣きながら叫んでいる。 「これって美味しいんだよ。食べてみる?」などと言ってはみたものの、娘の顔は軽べつそのものである。
結局、別室で映りの悪いテレビを見ながら一人チビリチビリ、(こんなに美味しく、カルシウム満点の食べ物を…)と、独り言を言いながら食べたのである。
それから数日のこと。夫婦で海外旅行から帰って家のドアを開けた途端、 「パパは誰かに恨みをかっているんじゃない!」と凄い剣幕、またあの娘だ。
何やら、2〜3日前、段ボール箱の宅配が届き、開けてみたところ、中から鳥の死骸が2羽出てきたのだという。勿論、娘は失神寸前、顔面蒼白、大泣きだったらしい。 でも(これはただ事じゃないぞ)と、差出人を見ること20秒ほど……。そして、事情が把握できた。
以前、知人に「昔、田舎で食べたキジの味が忘れられない」と話したことがあった。その知人がキジが捕れたので送ってくれたのである。
しかし、鉄砲で撃たれ、死んだキジをそのまま、羽根もついたまま送ることはないよね。 (肉にして送ってくれてたら、楽しかった旅行の話しもできたのに…)と、感謝しつつ、愚痴もついつい、であった。キジは近所の人にさばいていただいた。
あれは10数年前のことである。 (0310)
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